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Labirinto di Oresama ~俺様的迷宮

Eurobeatの周辺のどうでもいいような話を中心に

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TIMEの黄金時代を支えたアメリカ人女性アーティスト

第一次ユーロビートブームも下火になりつつあった91年、ちょっと変わった独特の声質の女性ボーカリストが登場した。Giancarlo Pasquini(ジャンカルロ・パスクィーニ)がA-Beat Cでの活動に専念するために抜けた後をSergio Dall'Ora(セルジオ・ダッローラ)のHAVANA PRODUCTIONが引き継ぎ、楽曲を提供していたFLEAからは、COME ON, COME ON / DONNA LUNA、LOVE ME DO / MAGGIE SUE、HOLD ME PLEASE / ANGIE STARRなど、そしてGelmetti、Moroni、Persona(ペルソーナ)、Arduini(アルドゥイーニ)、Puntillo(プンティッロ)、Scandolari(スカンドラーリ)、Dall'Oraといった豊富な作家陣に恵まれて黄金期を迎えようとしていたTIMEからは、BABY I'M SORRY / GISELLE、OPEN YOUR HEART / MORENAなど、彼女のボーカルをフィーチャーした曲が次々とリリースされた。

一度聞いたら忘れられないそのドスの効いた声の持ち主、それは後にライターとしても多くの曲の制作に携わり、TIMEの女性ボーカリスト三人体制の確立に貢献したEmanuela Gubinelli(エマヌエラ・グビネッリ)であったのだ。
意外とお色気路線のEmanuela Gubinelli

彼女は1971年11月19日、アメリカはカリフォルニア州サンタモニカの生まれ。両親は古いしきたりを尊ぶイタリア人で、彼女は子供の時から厳しくしつけられた。そのため多くの時間を歌やギターやピアノなどの勉強で費やすことになったのだが、それが彼女の音楽への情熱を発展させることに繋がったと言えるだろう。

9歳の時に、ファーストシングルを発表。ある有名なロックグループが彼女のステージを見てスカウト、彼らのヨーロッパツアーに同行するように申し入れてきた。彼女はまだ思春期の少女だったが、家を出たかったのでこれに同意。ツアーが終わって間もなく、彼女はWarner Electra Atlanticと契約を結ぶことになる。

しかし、彼女は自分で曲を書きたかったのに、WEAはそれを望まなかった。結局、WEAが彼女に求めたことと彼女のやりたいこととは違ったので、2年で契約を解消。彼女は自分のキャリアの新しい方向性を求めてミラノに移り住むことになる。そしてスタジオでコンポーザー、並びにアレンジャーとして働き始める。Stefano Secchiという歌手に書いた2曲がヒットしたことで、作家としての信用を築くと同時に、歌手としてのキャリアも再スタートすることになり、何曲かレコーディング。それをTaleesa(彼女が現在でも使っているアーティスト名)名義でリリースしたところ、フランスはじめヨーロッパの2、3の国でまずまずの成功を修める。また、Taleesaとしての活動と平行して日本向けのダンスミュージックのプロジェクトに参加することになった。

FLEAから結構沢山の曲が出ているのと、TIMEでのデビュー曲がDall'Oraプロデュースの"Baby I'm Sorry"であることから、先ずHAVANA PRODUCTIONと関係があったものと推測される、多分。

TIMEでは95年にClara Moroniが去るまでは、Clara、Elena Ferrettiと三人で女性ボーカルを分担(Claraが去ってからはほとんどElenaと二人で)。1曲のみのものも含めて、彼女の担当した名義を挙げると、Morena、Ann Sinclaire、Serena、Dolly、Ika、High Frequency、Angie Davis、Giselle、Sally Rendell、Vanessa、Virgin、Linda Ross、Maggie May、Anika、Jillyなど結構な数にのぼる。

Taleesaとしての活動はイギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペインとブラジル等南米で成功、売れっ子ダンスシンガーとしての地位を確立する。またTIMEのテクノ部門のレーベルITALIAN STYLEからは、ALADINOとして3曲リリースし、伊・仏・西・独で大ヒット。99年には転換期を迎え、バラードとクールリスニングロックのコンビネーションで12曲からなるニューアルバムを英語とスペイン語で発表。1年を超える長期ツアーで、南米の国々を廻る。彼女はこのツアーを人生でベストな経験だったと述べている。

さて、ユーロに戻ろう。哀愁ものにも、アグレッシブものにも向く、不思議なボーカルスタイルで多くのファンを魅了した彼女だったが、2001年のMY LOVE IS HAPPINESS / GISELLEを最期にユーロビートからは惜しくも撤退してしまう。TIMEでのデビューの名義と、ラストを飾った名義が同じだったのは偶然なのだろうか。そもそもGiselleという名義は9年間も使われていなかったのに、彼女が居なくなる寸前に復活している。Dall'Oraから彼女への餞的な意味合いのものであったのではないかと思えてならない。尚、彼女は現在もTaleesa名義でユーロダンスポップシーンで活躍中である。

* Taleesaのブログ
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この記事に対するコメント

そうだったんですか!
そうなんですか~。前から彼女のファンだったのでこういう情報はとても自分自身にとって、とてもためになりました!
彼女のことを私のブログでも紹介したいのですか、少し俺様ちゃんさんのブログを少し参考にさせていただいてもよろしいでしょうか?
【2005/11/03 09:14】 URL | MAKE #-


どうぞ、宜しければ参考にして頂いて結構ですよ。グビネッリさんのファンでしたら、↓のインタヴュー面白いので一読をお勧めします。
http://www.dancemusic4u.com/interviews.php?filename=
Interviews_2004/Taleesa.htm

彼女ってすっごいおしゃべりが好きみたいで、その感じがよく伝わって来ます(笑) また、色んなことに対して、非常にしっかりとした自分の意見を持ってる人だということが分ると思います。
【2005/11/03 18:01】 URL | 俺様ちゃん #-


あ、上のアドレス、途中で折り返してるのでコピペしてくださいね。
【2005/11/03 18:05】 URL | 俺様ちゃん #-

ありがとうございます
参考にさせていただきます!丁度、某大学の過去問を解いていて、ふぅ~って所です。インタビューのページを見て、正直ギョエー!と(笑) 俺様ちゃんさんは英語が達者でいらっしゃるようですね~ すごいですね!私もいつかそうなりたいです!
【2005/11/03 20:59】 URL | MAKE #-


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