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Labirinto di Oresama ~俺様的迷宮

Eurobeatの周辺のどうでもいいような話を中心に

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Clara Moroni Interview

SEB vol.175収録のCherry - Rainが大好評のクララさんですが、彼女の最新インタヴューを、クロアチアイタロディスコファンで、The World of Italo Disco Interviewsを運営されているZeljkoさんにお願いして翻訳させて頂きました。

どちらかと言うと、やはりイタロディスコに焦点が向けられていますが、新しい発見もいくつかあり、非常に興味深い内容になっています。

このインタヴューの企画自体は少し前にされていて、Zeljkoさんがメールで送った質問に対して彼女が答えるという形になっているんですが、彼女からの返事があったのは極最近の模様です。


- クララ、インタヴューを受けて頂いたこと、それとこのインタヴューを私のサイトに加える機会を下さったことに感謝します。あなたが私が長らく待ち望んでいたスターの一人だということは言うまでもありません。先ず、クララモローニとはどんな女性なのか、手短にお話し頂けますか?

クララはとてもシンプルな女性ですね。旅行が好きで、人が好きで。声という贈り物を神様からもらいました。

- マントヴァでのイ・ヴェンティのパーティーでお喋りした時に、お父さんがクロアチアのリエカの出身だと聞いて驚きました。そのお話をもう少しお聞かせ頂けますか?(クロアチア人としては)もちろん、興味があるので。

祖父がリエカ駅の駅長だったんです。第二次世界大戦の終戦間近の時に、祖父の家族はイタリア人だということで、チトーのユーゴスラビア軍に殺されないように逃亡しなければならなかったの。父はまだ幼かったんですが、祖母が伝説的なフォイベ(『フォイベとはカルスト地形の穴を指すイタリア語で、ここに虐殺の犠牲者が投げ込まれたことからこのように呼ばれる。』)を怖がっていたのを覚えていました。残念なことに、伝説ではなかったんですが。

- クロアチアへは何回くらい来られたことがあるんですか?ダルマチアにいらっしゃったことがあると仰っていましたが。

ずっと前に一度だけですね。海岸沿いを南の方に旅行して、アルバニアの国境近くまで行きました。パグやムリェトなどの島々がすごく素敵だった。ドゥブロヴニクも素晴らしい所だったのに…。ドゥブロヴニクの爆撃のことを聞いた時はすごく悲しかったです。

- パーティーでお会いした時に、あなたのことをとても素敵な暖かいフレンドリーな方だと感じました。お友達はたくさんいらっしゃるのですか?それとも本当に特別な数人だけですか?

知り合いはたくさん居ますが、本当の友達は片手で数えられるくらいですね。

- 友人は私たちの生活の中で大切なものですね。家族ももちろんそうですが。お友達や家族のどなたかにお仕事のアドバイスをもらったりすることには抵抗を感じます?

ええ、仕事のことで友達や誰かにアドバイスを求めたことはないですね。恋愛の相談には乗ってもらいますけど。

- クララ、あなたは非常に早くから、少女の時から歌い始めましたが、その当時、歌手が生涯の職業になると思っていましたか?

いいえ。私、歯科技工士の勉強をしていたんです!でも、セックス・ピストルズが私の初恋で、それでバンドをやりたくなって、一緒に歌うバンドを探したの。それが全ての始まりでした。

- 歌は神様からの素晴らしい贈り物だと誰かが言ってました。スキルを磨くためにどこかで歌の勉強はされたのですか?

はい、有名なイタリア人オペラ歌手のFloriana Cavalli(フロリアーナ・カヴァッリ)女史に7年間師事しました。元Matia Bazar(マティア・バザール)のAntonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)の恩師でもある方で、私は呼吸法とオペラを学びました。

- 当初、様々なジャンルの曲を歌われていましたが、それらのジャンルの音楽はお好きでしたか?それとも好きなジャンルに到達する橋の途中の通過点に過ぎなかったのでしょうか?

生憎、私はどんなジャンルも好きなんですよ。飽き性なのね。だからずっと一つのジャンルを続けている自分は想像出来ません。

- 80年代のある晩、あなたはディスコで二人の男性、ジャコモ・マイオリーニ(TIME Recordsのオーナー)とDomenico Ricchini(ドメーニコ・リッキーニ=Joe Yellow)に会われました。彼らがあなたとイタロディスコとの起点になった訳ですが、その時のことをもう少しお話し頂けますか?

二人が楽屋にやって来て、私と話がしたいと言ったんです。タイム・レコードのために歌ってくれないかって。「いいですよ」とお返事して、マウロ・ファリーナのスタジオに行きました。ジョー・イエローの『Love At First Sight』に合わせて歌ったの。それが始まり。「クール!」って感じでした。

- 次のステップは何でしたか?マウロ・ファリーナとジュリアーノ・クリヴェッレンテにはいつ会われたんでしょうか?

さっきお話ししたように、ファクトリー・サウンド・スタジオ(今のSAIFAM)で私が初めてイタロディスコの曲をレコーディングしたその日にです。

- マウロ、ジュリアーノとお仕事されてどうでしたか?二人ともイタロディスコのゴッドファーザーだとみなされていますし、また実際にそうなんですが。

もちろん、その通りです!マウロから多くのことを学びました。ダンス・ミュージックにおける声の使い方だとか、バックアップ・ヴォーカルの付け方だとか。素晴らしいスタジオ・トレーニングになりました。だから他のプロジェクトでも使っているんですよ。

- 最初、イタロディスコをご存知でしたか?

いいえ、全く知りませんでした。

- イタロディスコとそれが人々にもたらした影響についてどう思われますか?あなたの印象をお願いします。

イタリア人って自分たちの価値を認識したり、イメージを良くしたりってことが苦手だと思うんです。イタリアではアートがいかに虐待されているかを考えてみて下さい。イタリア人は80年代最大のポップ・スタイルの一つを生み出したのに、それに気付かなかったし、それを守ろうとしませんでした。ペット・ショップ・ボーイズのニール・テナントは毎月新しいレコードを買いに、ディスコマジックによく来ていたんですよ。イタロ・ディスコは後に大きくなったUKのポップ・バンドにも影響を与えたと思います。

- クララ、イタロ・ディスコが私が先に述べた橋の到着点だと、80年代当時に考えたことはありますか?それともやはりまだ先へ続く道の一部でしたか?

私はまだその橋の上を歩いています。そしてその橋が決して終わらないようにと願っています。

- Polのサイトで他のイタロ・ディスコの著名人たちがあなたについて述べているのを読みました。もちろん皆さん、幸運を願っていますとのことだったんですが、その中でフレッド・ヴェンチュラがこう言っていました:「知り合って20年になるんだけど、フレンドリーで良好な関係がずっと続いているんだ。音楽業界では簡単なことじゃないんだよ」
私が知りたいのは音楽業界で良好な関係を築くのは、どれほど難しいのかということなんですが。

音楽業界で沢山の人に会いましたが、友達になった人は少ないです。でも、普通の生活での場合と同じで、フィーリングの問題ね。

- 沢山のイタロ・ソングを歌われましたが、あなたにとって何か特別な曲はありますか?

Melaの『Help Me』は本当に好きです。

- あなたは先に述べたFarina & Crivellenteを始め、Fred Ventura、Laurent Gelmetti、Giancarlo Pasquini、Roberto Zanetti等々、イタロ、ユーロビートにおける最高のプロデューサーとお仕事されて来ました。彼らについて何かお話し頂けますか?(お時間がそんなに無いと思いますので、もちろん手短で結構です)

皆さん良い人で、素晴らしいプロフェッショナルです。一緒に働いていて楽しかったこともありました。何と言うか…嫌だと思ったことが一度もないんです。

- 彼らと一緒に働いていた時の興味深いお話ですとか面白いお話で、何か私たちにお話し頂けるものはありますか?

今はちょっと思い付かないです。ごめんなさい。

- ユーロビートについてはどう思われますか?日本で大変な人気だというのは周知の通りですが、日本へは行かれたことはありますか?

ええ、日本はツアーで何度も回りました。実際、日本と日本食が大好きなんです。あんなにすごい、先進的な国で、イタリアン・ミュージックがビッグになったことを嬉しく思っています。「イタリア人はもっと上手くやれる」という証拠ですもの。

- イタロ・ディスコとユーロビートを歌う時の違いを教えて頂けますか?ユーロビートを歌う方が難しいですか?それとも…

そうですね。速い曲を歌う方がずっと難しいです。最高のものしか生き残れないのよ!

- あなたが歌ったユーロビートのお気に入りの曲は何ですか?

『Killing My Love』とデニス・カーマンの『Hey Hey』です。彼はクロアチアの人でしょ?

- はい、そうです!

- あなたにはデュエットの曲もありますよね、例えばドミノとの。彼女にもインタヴューをしましたし、イ・ヴェンティのパーティーではお会いしました。彼女も素敵な女性ですね。えっと、他の女性、または男性と一緒にワークする時は一人の時よりも楽しかったですか?実際、イタロの女性シンガーはそんなに居ませんし、男性シンガーがいつも優位に立っていたでしょ?

彼女はとても素敵な女性です。女性シンガーの数は少ない方がいいのよ。その方が競争が少ないでしょ!私たちはダイアモンドのようにレアで貴重なの!

- イタロ・ディスコ、ユーロビートの後のあなたのミュージック・ライフについて少しお聞かせ頂けますか?つまり、あなたのアルバムTen Worldsのことや、あなたのレーベルTen Recordsについてなんですが、これまでとは違うものを作ろうと思われたのはどうしてですか?

さっきもお話ししましたが、私はどんな種類の音楽も探求するのが好きだし、そうせずにはいられないんです。ロックも好きだし、ダンスも好きだし、好きなものは好きなんです!

- 今後の予定は何かありますか?計画とか、目標とか、新しい曲とか…。

お休みが欲しいです!!!

- 最後にファンに何かメッセージはありますか?

皆さんを愛しています!応援と愛情に感謝しています。あなたたち無しに、今の私はありえないでしょう!

- インタヴュー、ありがとうございました!また、20年以上に渡り素晴らしい歌声を楽しませて頂きありがとうございます。イ・ヴェンティのパーティーの時のあなたと私の写真の下で書いていたんですが、あなたは私にとってイタロの女神です!もちろん、私だけの女神じゃないですが。またいつかお会いしたいと思います。

こちらこそ、ありがとうごさいます。長い間お待たせしてごめんなさい。怠け者なのにすごく忙しいだなんておかしな話ですね!

* インタヴューの原文はこちら
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