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Labirinto di Oresama ~俺様的迷宮

Eurobeatの周辺のどうでもいいような話を中心に

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Max Coveriは誰だったのか (その2)

先ず、"Bye Bye Baby", "Run To The Sun", "Guy Guy"までのボーカルは、第一次ブームの時によく耳にした声で、現在のユーロビートの基礎を築いたと言われているSAIFAMの社長、Mauro Farinaのものだ。彼はまた、Giuliano Crivellenteと共にこれらの曲にプロデューサーとしても関わっている。

さて、その後Farina - CrivellenteがTIMEレコードと決別し、プロデューサーチームから抜けることになり、そのためボーカルも変更となる。後にライター、プロデューサーとしてAccatino - RimontiのLive Music、Boom Boom Beatと渡り歩き、Deltaで活躍することになるRoberto Gabrielliとのダブルボーカルで話題となった"Love Will Keep Us Higher"、Radioramaとのデュエット曲"One, Two, Three"、"Pretty Woman"がこの時期にリリースされている。しかし、残念ながらこれらの曲のボーカルが誰であるかについては未だ確証がつかめていないので割愛する。

Max Coveri名義の曲の日本でのライセンスは当初ポニー・キャニオンが取得していたが、91年に東芝EMIに移行されることになる。そしてリリースされたのがソロアルバム「いけないトーイボーイ」だ。このアルバムの制作に関して、プロデューサーの一人であるLaurent Gelmetti氏からコメントをもらうことができた。彼は当時を振り返りこう語る。

「彼(ジャケットの人物)が"Toy Boy"のデモテープを持ってきてね、この曲はどうしても自分で歌いたいって言うんだよ。あんまり熱心に言うもんだから歌わせたんだ。長時間スタジオに缶詰になったなあ。でも彼はとうとうやってのけたんだ。その後"I wanna love you"とかPuntillo - Arduini に書いてもらった曲も含めてフルアルバムを作ったんだ」

なんと、ジャケットの彼も歌っていた!

このアルバムには他にClara Moroni、Massimo Persona、Sergio Dall'Ora等もライターとして参加しており、タイトル曲の"Toy Boy"をはじめ全9曲(うち1曲は同曲のヴァージョン違い)が収録されている。さて、ジャケットの彼はMassimo Brancacci(マッシモ・ブランカッチ)というナポリ出身の歌手・タレントだということが判明。

しかし、5年という長いブランクの後にDeltaから"I Don't Wanna Break Your Sweet Heart"がリリースされた時には、ボーカルは再び変更され、この曲以降はD.EssexやNiko、Odaなどのボーカルとしてもお馴染みのMaurizio De Jorio(マウリツィオ・デ・イォーリオ)が務めている。

vocalist.jpg

billymore.jpgってことで、ジャケットのイケメン君も実際にMax Coveriとして歌ってたんだぞ!と判りめでたしめでたし、と思っていたところになんともやりきれないニュースが飛び込んで来たのだ。

みなさんはBilly More(ビリー・モア)というダンスポップシンガーをご存知だろうか。彼(彼女?)は1999年に、ミラノのとあるクラブでドラァグ・クイーンショー(いわゆる女装ショー)をやってたところをプロデューサーに発見され、その後すぐにイタリアを初めヨーロッパ各国でヒットチャートの上位につけ、カナダでもリリースされた大ヒット曲"Up & Down"を発表することになった。ドイツのポップスチャートでは21位にランクイン、他の多くの国ではトップ10入りを果たし、テレビの歌番組にも招待された。その後リリースした曲も順調に売れ続け、"Weekend"はエイベックスのコンピレーションアルバム「Super Pop Best」などにも収録され、彼は昨年12月に日本デビューも果たすことになったんだ。

その彼の訃報を受けたのは、Gelmetti氏の出したクイズに回答するという海外のユーロビートサイトのフォーラム上でのことだった。そのクイズの内容というのが、"Bye Bye Baby"の元々の作曲者は誰か、歌ったのは誰か、Max Coveriは今誰なのか、というもので、「正解者にはブレーシャ(Gelmetti氏の住んでるイタリアの町)でマッシュルームピッツァをごちそうするよ」というコメントが添えられていた。筆者は1、2問目に正解していた。3問目にはMaurizio De Jorioと回答したんだが、Gelmetti氏からそうじゃなくてあのジャケットの彼は今誰なのかという意味だ、と言われた。『今誰なのかってどういう意味だ・・・』 意味がよく分からず、取り敢えずEdo Arlenghi(Nikoのモデルなんだけどね)と答えておいた。そこへGelmetti氏と面識のあるファンからの書き込みがあったんだ・・・。

「やあ、ローラン、俺様ちゃん。
こんな悲しい投稿をするのは本当に残念なんだけど・・・僕の知ってる限り、マックス・コヴェリのレコードジャケットの彼は、ローランが言ったようにダンスキャラクターとして活躍していた。彼は素晴らしい歌手でもあった。彼はビリー・モアだったんだ。残念なことに、彼は2週間の病院での闘病生活の後に死んじゃったんだよ。白血病だったんだ」

『ああ、「今誰なのか」ってのはそういう意味だったんだ・・・』
筆者は前にRoberto Gabrielliについて検索していて、たまたまBilly Moreというドラァグ・クイーンの歌手を知ることになったんだが、まさか彼があのMax Coveriのジャケットの彼と同一人物だなんて思いもよらなかった。Billy Moreのサイトのギャラリーに友達との写真ってコーナーがあって、そこにRoberto Gabrielliと一緒に写っている写真があるんだが・・・ってことはあの二人のダブルボーカルの曲も彼らが実際に歌ったのかも知れないね。Gelmetti氏は彼のことをこう回想する。

「いい奴だったよ。僕がどうしてこのクイズを始めようと思ったのか自分でも分からないんだけど、きっと彼が僕の手を導いてくれたんだと思う。いつもスポットライトを浴びたがっていたなあ。ほんとに明るい奴だった。4ヶ月ぐらい前に電話で話したのに」

Gelmetti氏もBillyが亡くなったのを知らなかったのだ。

このニュースは二重にショックだった。彼が亡くなってしまったという事実と、ドラァグ・クイーンになっていたという驚きとでだ。ゲイだったんだろうか、それともあくまでビジネスだったんだろうか、とかね。まだ38歳だったという。

イタリア語のMassimoが英語ではMaxになるという点から推測すると、Max CoveriのMaxはきっと彼の本名であるMassimoから取ったものだろう。この先もうDeltaからはMax Coveri名義の曲は出ないかも知れない。けれど我々の心の中では、彼と彼の残してくれた数々の曲は生き続けていくことだろう。マックス・コヴェリ、ありがとう!


Billy Moreの訃報を伝えるイタリアの各サイト
* radiodigione
* dancedirectory
* gritalia

8月14日の夜に亡くなったそうだが、厳格に身内の間で行われた葬儀後にしか知らせられなかったらしく、
一般の人が知るのはかなり遅くなったらしい。

* Billy Moreのサイト

写真やテレビ出演した時のビデオ、PVも見られるし、リリースされた曲も聴ける。

* Gelmetti氏とのクイズのやり取りが行われたフォーラム
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